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震災復興に関わったからこそ繋がったご縁と自然と戯れる喜び(黒住明彦さんvol.1)

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「まず痩せなさい!」、医者からのひと言で始めたランニング

今回インタビューさせていただいたのは黒住明彦さん
1978年大学卒業後、全日空(現在のANA)に入社。当初6年間は伊丹空港に勤務しその当時に結婚。1984年から本社、成田空港、羽田空港を順次異動。2007年頃、長年の不摂生がたたり医師から糖尿病を宣告されたのを機に、出勤前ジム通いを開始。その後50歳半ばに入ってからフルマラソンにも挑戦。2011年の東日本大震災の直後からは、津波に飲み込まれた仙台空港ビル会社に赴任し、2014年まで地域の復興を担当。2014年9月にANAを定年退職し、現在は雇用延長という身分でグループ子会社の監査役を務める。家族構成は妻、息子2人の家族と孫娘1がひとり。

 

_黒住さん、今日はよろしくお願いします。黒住さんとの出会いは震災後の仙台空港でした。その頃から奥様と一緒に仙台のランニングクラブで走っているという印象でしたが、どのようなきっかけで運動を始めたのでしょうか?

きっかけは、2007頃です。これまでずっと会社の健康診断で指摘され続けていた血糖値がどんどんと上がってきてしまい、いい加減、医者に行けといわれまして。それで専門医に行くようになったんです。その病院の先生は血糖値が高いからといって、薬を飲ませる治療はしなかったんです。糖尿病って糖尿病そのものでは死なない。合併症の症状が様々に出てくるというのです。

 

_そうなんですね。

合併症で一番多いのが、腎臓が壊れて人工透析になる。もう一つは、目ですね。網膜剥離で目が見えなくなる。後は壊死だと。それを解決するためのひとつの方法として運動がいいと教えてもらいました。「まず痩せなさい!」といわれたんです。今でも太めですけど、昔はもっと太っていて、ブヨブヨのポチャポチャで、90キロくらいはあったかな。

 

_今どのくらいあるんですか?

本当は、もう少し痩せなきゃいけないんですけど、今は80キロ弱でずっと維持しています。痩せるためには、とにかく「運動しなさい」といわれたので、ジムに通い始めました。たまたま近所にジムができたこともあってその頃から通っています。

 

_最初はジムに入会し、運動を始めたわけですね!

そうです。そのジムは朝からやっていたので、毎朝会社に行く前、朝7:00から8:30くらいまで走って、そういう生活を2、3年やっていました。そのおかげで、だいぶ痩せて元気になりましたね。ちょうどその時に妻がサンフランシスコのマラソン大会に出るというので付き添いで行って、二度目の時には自分も走ることに。初めてのフルマラソンでした。なんとかヘロヘロになりながら5時間20分くらいで走りきることができて、そこで「俺だって走れるぞ!」「よし!やるぞ!」って思い始めていたんです。

震災がきかっけで仙台へ。そこでの出会いからトレイルランをスタート。

_いきなりフルマラソン完走を経験されたんですね。すごいです。

ところが、ちょうどそのすぐあとに東日本大震災が起きました。急遽2011年の春に仙台に転勤に。もちろん通っていたジムも退会して、単身赴任で行くことになりました。単身赴任とはいえ、たまたまある程度広さのある家を借りていたので、妻もしょっちゅう仙台に来てくれました。最初の半年くらいは妻も様子を見ていたのですが、そのうち仙台のスポーツショップでランニングクラブを見つけてきて、一緒に参加するようになったんですね。妻はそれが楽しかったようで仙台に来る回数が多くなり、そのうち殆ど仙台常駐に(笑)。その後、仙台の明走会というランニングクラブにも加えていただき、いろんなランニングイベントにも一緒に出るようになり、そのうちの仲間に誘われて、トレイルランニングにも誘っていただけるようにもなったんですね。

 

_トレイルランですか。

そうなんです。そこでトレイルランをよく走りにいっているチームの方を紹介いただき、初めてトレイルランに行ったのが2012年の春だったと思います。そのメンバーの方が、毎週泉ヶ岳に走りに行っているから、一緒に行きませんか?と誘ってくれて、参加したのです。トレイルラン初心者なのに、とても気持よく迎え入れてくれて。本当に初心者だったけれど、少しも嫌な顔をしないで一緒に頂上までスローペースで付き合ってくれて。それ以来、夏になると毎週一緒に山に行って、それが結構楽しくて。こんな私でも登れるんだ!っていう、うれしさですね。彼らに、そういう楽しみを教えてもらったんですよ。そして、冬になると、東北は雪が降りますけど、今度は「スノーシューやりませんか?」って誘われて。蔵王だとか、会津にも行きましたね。雪山には3、4回行きました。

 

_スノーシューを履いて歩くんですか? 山の中を? 結構ハードですね。

そうそう。ハードですよ。10キロも歩いたら死んじゃうんじゃないかと思うくらいしんどいですよ。一緒に連れて行ってくれる仲間はGPSがあればどこでも行っちゃうような人で、会津の山の中にもいきましたね。10人位の団体でイエローフォールも見に行きました。

 

_イエローフォールってなんですか?

「黄色い滝」っていうんですけど、雪がないときは硫黄が噴出している、温泉のようなところで、寒くなると凍って黄色くなるんです。それが冬の間だけ見られるから行きましょうって。それを見るためだけに、すごい苦労しましたけどね。

kurozumi

_この写真の茶色っぽいやつですか?

そうそう。

 

_結構なすごい場所ですね。しかも、誰も行かなそうなところですね。

秘境ですよ。ストックとスノーシューだけで行くんですが、すごく楽しいんです。この年になって、自然と楽しむってことを、教えてもらいました。

 

_その方はみなさん東北の方ですよね?

みんな仙台ですよ。でも私が東京に戻ってきたあともつながっていて、彼らが出張で東京に来るときは、うちに遊びに来たりします。今月も東京マラソンで2人泊まりに来ますし、何だかんだいって今もみんなつながっています。

 

_素敵なつながりですね。

そうですね。私はあまりスポーツマンでも何でもないし、単なるおじさんなんだけど、こうやって楽しみを与えてくれた仙台の人たちに感謝しています。

 

_若い頃、何かスポーツはやっていらしたんですか?

全然やってないといってもいいかな。高校の時に少し格闘技をやっていたくらいで、ほかには何もやってなかったです。

 

_そうですか。健康診断で医師から言われたからとはいえ、ジムに入って出社前にジョギングを始めたり、何もやってなかった人にはハードル高くなかったですか?

やりだしたら結構徹底的にやる性格だからですかね。それまでは、偉そうなこといえなくて、お酒は強くないけれど、付き合いで飲むことも多く、社会人になって、約30年運動なんてまったくしてこなかったですからね。ゴルフも本気ではやらなかったし。

 

_仙台に赴任中もジムには通っていたんですか?

行っていましたよ。家の近くのジムに。週3、4日は走らないと気がすまないって感じですね。

 

_完全に習慣になっていますね。今でも続けているんですか?

今は、ちょっと怪我をしているので、あまり走っていません。最近思うんですけど、運動を始めるのがあと10年早ければよかったな、って。

 

_10年早ければ?

この年になってから運動を始めたので、基本的なやり方とか習わずに自己流でやってきてしまいました。だから、走り方も歩き方も悪くて、がに股が治らないとか。それで今すごく悪影響が出ているんですよ。例えば仙台にいた時に、山で膝の怪我をしたんですけど、その原因もそもそもの歩き方だと指摘されました。あとでわかったんですけどね。がに股なので、膝に負荷がかかってしまっていて、最終的に半月板を痛めてしまいました。痛くて、痛くて動けなくて。4件整形外科にかかって、やっと仙台でいいスポーツ整形の先生に巡り会えて。でも「あんたの歳じゃ手術しても治らないから筋力つけるしかないよ」っていわれました。それで、その先生について半年リハビリをやってみたらとりあえず走れるようにはなったんです。いい先生に出会えて、東京に帰ってからもリハビリをやって良くなっているんですけど、先日もまた山でちょっと痛めてしまって。今また休養中です。とにかく怪我が絶えない。その原因は歩き方とか、体の使い方にあると感じています。

 

_体の使い方。

そうそう。体幹とか、どれだけ大事かっていうのをこの歳になってからわかったから、ぜひ若い人には大切だよって伝えるべきだと思いますよね。そうしたら生涯ずっと運動を楽しめると思います。

 

_そうですね。最近のマラソンブームで走り始める人は多いですが、無理をしてすぐ膝を痛めてしまった、とか聞くと基本ってとても大切なことだな、と感じますね。長く、楽しく続けるためにはそうした体の基本知識も学んだ方がいいですね。

60よりも50、50よりも40、40よりも30。若い時にそれに気がついて基礎的な動作や、歩き方、脚のつき方とかマスターしていたら、今よりどれだけ楽しめるかって思います。今になってこの点については後悔していますよね。自己流、自己流でやってきたことがすごく悔やまれます。だから一生懸命治しながら、対処療法含めて自分の体が動く限りは、体に痛みを出さないようにして、生きているうちは運動を楽しみたいって思います。

ジムに行くのは今でも憂鬱。でも1~2キロ走ると必ず気持ちよくなる。

_2007年に医師の指摘で半ば強制的に始めて、それが本当によく続いてますし、そこから新たな楽しみを見出し、今では走らないと気持ち悪いというところにまでなっているんですよね?

そうはいってもジムに行くまでは嫌ですよ。嫌で、嫌で。でも、行って走ってしまうと、それがたとえばランニングのマシンだとしても気持ちがいいんですよね。

 

_ジムに行くのは嫌なのに、行ってしまう。

憂鬱かな。だんだん体も壊れやすくなるからストレッチとか筋トレとかを先にやるんですよね。筋トレは30分とか40分やるんだけど、その時間が嫌いなのよ。でもそれをやんないとダメですよっていわれるから、仕方なくやって。ランニングマシンに乗って最初の1〜2キロは体が重いし、しんどいなって思うんだよね。やっぱりランニングマシンよりも外を走るほうが好きだから。でも、まぁランニングマシンでも1〜2キロぐらい走ると気持ちよくなってきますよね。

 

_その1〜2キロぐらいで、何かが変わるんですかね?

なんか変わるんです。そう。全然しんどくなくなっちゃうんですよね、途中から。

 

_1キロ我慢して走ったら楽になるっていうのがもう脳にインプットされているんでしょうね。素晴らしい習慣ですね。自分の体のことをわかっているというか。

そうですね。自分の体のことがわかっているといえば、一昨年の12月に、走れば走るほどしんどくなったときがあったんです。胸が痛くなって息できなくなって。これはおかしいな、と思って病院の先生に相談したら、精密検査を受けることになって、そうしたら冠動脈が詰まっていることがわかって。すぐに冠動脈にステントという管を2本入れる手術を受けたところ、瞬く間に完治しました。

 

_すぐにわかったんですね。

CTスキャンしたらすぐにわかって。日々走っていたからわかったんですよね。今まで1キロ走ったら楽になってたのに、おかしいな。って。

 

_すぐに気付けてよかったですね。

普段と違う現象が起こったから。その数ヶ月くらい前にも、山を登っていてすごく息苦しくなって、おかしいな。体力が落ちたのかな、なんて思っていて。普通の生活をしていたらわからなかったかもしれないですね。

 

次回はさらに仙台でのトレイルのお話などを伺っていきます。次回更新は2月26日(金)の予定。
お楽しみに。

この記事の著者

森村ゆき
森村ゆき
RunforSmile株式会社代表取締役。2004年に初挑戦したホノルルマラソンで、改めて体を動かす素晴らしさを体感し「より多くの人に体を動かす素晴らしさを味わってほしい!」と“スポーツ”と“コミュニティ”をキーワードに、さまざまな活動をスタート。
2005年、ホノルルマラソン完走をきっかけに友人たちと立ち上げた『PARACUP~世界の子どもたちに贈るRUN~』は、楽しみながら走ることで世界の子どもたちをサポートする仕組みをうみ、現在までの寄付額は約7000万円にのぼる。現在は、「体を動かすこと」でその人の健康を見直すきっかけを作り、「いつまでも健康で豊かな人生を送る人を増やしたい!」と、体に関するセミナーや大会の企画運営、講演、スポーツボランティアのマネジメントなどを行っている。
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