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始まりは憧れ。やりたい! 感情に素直に行動していたら、素敵な出会いと大きな夢も膨らんだ。(平野温子さんvol.1)

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今回インタビューさせていただいたのは平野温子さん

大手総合建設会社に勤務する傍らスポーツを通じて東北被災地のスポーツマンを応援するRunforTOHOKUJAPNを2011年に設立。同活動で2012年ロンドン五輪に参加するなど国内外で活躍するパラレルキャリアの実践者。『会社にいるな、社会にいろ』を働くモットーに掲げる彼女は、社会的課題の解決に貢献する人物でありたいと語る。趣味は、旅行・カメラ・読書・キャンドル作りと公言してきたが、最近、ロードバイクに夢中だという。

RunforTOHOKUJAPNとは
スポーツを通じて東北被災地のスポーツマンを支援する団体です。
https://m.facebook.com/RunforTOHOKUJAPAN?refsrc=https%3A%2F%2Fwww.facebook.com%2FRunforTOHOKUJAPAN&__mref=message

 

始まりは憧れ。やりたい!という感情に素直に行動していたら、素敵な出会いと大きな夢も膨らんだ。

 

_平野さん、今日はよろしくお願いします。
いつから何がきっかけでロードバイクにそんなに熱狂的にハマったんですか?
ロードバイク、本当にハマっています。人生が変わりそうです。

_すでに人生変わり始めている感じがありますが。どのような経緯でスタートしたのか?また、ロードバイクにはどうやって出会ったんですか?
正直覚えてないんです。気が付いたら、ロードバイク販売店にいた気がします(笑)。記憶を辿れば、最近街中で増えてきたメッセンジャーの姿に「格好いいなぁ~」と憧れていた気もしますし。私は旅が好きで、旅先ではよく10kmくらい歩いて次の目的地まで行くんですけど、その時にロードバイクで走っていく人たちを見て「あれがあったら便利なんだろうなぁ」って思った記憶はあるんですが…。

_乗ってみてハマったっていうより、急にやってみようと思ってロードバイクを買ってしまったんですね。
そうですね。なんとなく「格好いいな~!」とロードバイクに興味はあったのかもしれません。Facebookで「ロードバイク買いたいんだけど何も知らない。誰か教えて!」って投稿したら「中古のロードバイク屋をやっている社長さん知っているよ。教えてあげようか?」というメッセージがあって、「教えてください!」と返信したことからロードバイクの購入に至りました。なので、今持っているのは中古のロードバイクなんです。

_誰かと一緒に始めたり、仲間がいたりしたわけではないんですね?
そうなんです。特にロードバイクを趣味にしている知人がいたわけでも、一緒に始める人がいたわけでもないんですよね。やりたい!という感情に素直に従った感じです。

_でも、なんでいきなりロードバイクだったんですか?もっと初心者が乗りやすいクロスバイクなんかもありますし、ちょっとおしゃれなママチャリもありますよね?
自転車はママチャリかロードバイクの2種類しかないと思っていました。なので、メッセンジャーが乗っている自転車=ロードバイクって発想しかなかったんです。だから迷わず、「格好いいロードバイクに乗りたい!」って思いましたね。

_全く初めてだと、最初に乗った時はびっくりしなかったですか?
びっくりしました。すごく不安定なんですよね。ロードバイクを買ったのは、横浜の関内のお店だったんですが、買ったその日に都内の自宅まで約30km乗って帰りました。

_いきなり横浜から都内まで30kmですか?お店の人もよく止めなかったですね。
何も言われなかったです。携帯電話のGPS機能を使って帰ってきました。最初は、すごくフラフラして……。しかも私、車の運転を全然しないので、自転車が走っていい道路と、そうでない道路の違いもわからなくて、危ないところでした。ものすごくヨタヨタしたロードバイクが走っているもんだから、ドライバーもびっくりしていたでしょうね。なんとか家まで帰ることができましたけれど…。

_危ない思いをしながらも、初めてロードバイクに乗ってみてどうでしたか?
それが、おもしろかったんですよ。なんかイケる!みたいな感覚。自転車ってだいたいみんな乗れますよね?

_ほとんどの人が、乗った経験がありますね。
だから、乗れちゃったんです。楽しい~!と。

_それから、ハマったんですか?
まず、ランニングとは違った魅力を感じました。疲労度が全然違うんですよね。フルマラソンも走ったことがあるんですけど、同じ40kmでも、ロードバイクとマラソンでは肉体的疲労感は全く違います。ロードバイクだったらもっと遠くまで行ける!という感覚がハマったポイントですね。どこまでも行けちゃいそう!っていうのが楽しくて仕方がありません。

_確かにランとは違うスピード感はありますよね。
そうなんです。体感が全く、異なりますよね。

_それからどんどんとハマっていくわけですね。
ロードバイクを買ったのは今年の1月くらいですが、私は勤務会社で人事部に所属しており、仕事柄12月~翌5月までは一年で最も多忙な時期になるので、ロードバイクを購入後すぐには乗ることができませんでした。実際、ロードバイクに乗り始めたのは5月からでした。

_でも、自転車が気持ちいい季節ですね。どちらに行かれたんですか?
人生2回目のライドでサイクリストの聖地といわれる「しまなみ海道」(今治市~尾道市区間)に行ってきました。購入直後は仲間もいなくて、一人でロードバイクに乗ってはFacebookに写真を投稿する日々でした。すると旧知の友人から「俺もロードバイクやってるよ」というコメントが寄せられて、「一緒に乗ろうか!」と。それで、皇居や荒川サイクリングロードを走るようになりました。友人が友人を呼んでライド仲間が増え、今では、私を含めて4人、1ヶ月に1回位の頻度で一緒に乗っています。でも仲間は全員男性で、平均時速出すようなメンバーです。そんな中、私は平均時速13kmが精一杯の初心者。私が参加することで、仲間には色々気を遣わせていたはずです。それでも嫌な顔せずに、私に声を掛けてくれて、知らない街に連れていってくれたり、女性一人では入りにくい大盛り自慢の食事屋さんで大盛りを食べさせてくれたりと本当に楽しい時間を共有させてもらっています。

atsuko

 atsuko

_そうだったんですね。
でも、ロードバイクにハマったきっかけは他にもあるんです。今年の9月に友人から誘われて出場したロードバイクイベント「TRAIL JAM in Mt FUJI」で、とある出会いがありました。

_どんな出会いがあったんですか?
イベントのコースは全長約70kmくらいで、ゴール手前約3km付近に傾斜7%の上り坂があるんです。これは結構な坂です。もちろん、乗り慣れている友人は先にいってしまったので、一人でロードバイクを漕いでいたら、主催企業のサイクリングチームのスタッフが「あれ、おいていかれちゃったの?」と寄ってきました。私はもう必死で坂を登っていたものですから、話しかけられても適当な返答しかできない状態で…。そしたら「フォーム違うよ。もっと座る位置を前にして!」とか「こうやって!」とか指示をしてくださったんです。さらには、風が吹いたら私の前に出て、風除けになってくださり、結局ゴールまでずっとサポートしてくださったんです。なんか、それがものすごくうれしくて。今まで漕ぐフォームなんて気にしたこともないし、指導されたこともなかったから。もっと上手く乗れるようになるチャンスをくださったんだ、と思いました。そうしたらその人が神々しく見えて「ありがとうございます!ついていきます!」みたいな気持ちになってしまって。

atsuko

_苦しいときの、そういう声って、本当に助けられますよね。
「あとちょっとでゴールだよ。頑張って!そのまま行って!」とか「もっと行ける、行ける!リズムよく!」とか声を沢山かけてくれたんですよね。それが、とにかく、嬉しかったんです。初出場のイベントで、一人きりの上り坂。その方が並走してくださらなかったら、間違いなく足を止めていました。これが、仲間の背中以外で初めて見た「サイクリストの背中」だったんです。この上なくかっこよく、頼もしい背中に感じました。

 _ペースも合わせて、ゴールまで並走してくださったんですか。そうなんです。私はそのとき、時速3km位のペース。遅すぎて、倒れないようにロードバイクにまたがっているのが精一杯な速度です。その方からしたら、よく乗っていられるね、っていうくらいの、そんなスピードだったと思うんですよね。それにも関わらず並走して、応援して一緒にゴールしてくださるなんて。終わってからその方に御礼に伺ったら、「とんでもないです。これでロードバイクをもっと好きになってくれたら、僕はそれが嬉しいです。来年もまた参加してくださいね。」と言ってくださったんです。私には、その言葉が信じられなくって。普段、坂道でも時速数十kmを普通に出せる方だろうに、時速3kmで並走するのってつまらなかったと思うんですよね。もし私だったらありがとうって言われても「あ、いえ。どういたしまして。」ってそっけなく去っちゃいそうなのに、「これでロードバイクを好きになってくれたら」なんて言葉を言えるサイクリストってすごいと思ったら、感動したんですよね。サイクリスト達ってどんな人達なんだろう?と興味を持ち始めたら、もっとサイクリストと一緒にいたい!と思うようになり…。そしたら、思考が吹き飛んでいってしまって、「そうだ!スポーツ業界に転職しよう。」と思い立ちたちました。しかし、単なる転職もつまらない、じゃあ学術的にスポーツビジネスを学び、スポーツイベントの企画を提案できるような人材になろう。また、ツール・ド・フランスを最高峰とするロードバイクの世界では、英語とフランス語が必須です。よし、英語もフランス語も喋れる人材になろう。じゃあ留学しよう!という発想に辿り着きました。

_すごい、ロードバイクからそこまで夢が膨らんでいってるんですね!
そうなんです!2017年か18年にカナダに大学院留学しようと考えています。スポーツビジネス論やスポーツマネジメント論を専攻したいですね。大学院卒業後に資金の余裕があれば、アメリカのカルフォルニア大学バークレー校に進学し、経営学を学んだ上で日本に帰国したいと思っています。留学中はロードバイク関連の企業にインターンして、ロードバイク業界のことを学びつつ、大学院では、スポーツイベントを行うことで地域がどのように活性していくか、お金がどう回るのかとか、雇用はどう生めるのかとかを研究していきたいなって。日本に帰国後は、日本国内にあるロードバイクメーカー各社やスポーツイベントを手掛ける企業に3年就職して経験を積み、その後、独立して自分でロードバイクのゲストハウスとか、ロードバイクの地域イベントを仕掛けられるスポーツプランナーになりたいなと思っています。

_夢膨らみますね!しかもかなり具体的!
絶対日本に帰ってきて、日本のサイクリストとともに歩み続けたいって。人生の目標が変わってしまいました。今は、高校生の頃に抱いた「環境都市・東京を創る」という夢を実現すべく総合建設会社(ゼネコン)に勤務していますが、最近では、「スポーツプランナーになりたい!」という夢が膨らんできました。例えば、東京マラソンのように「スポーツ×街(地方)×振興(活性化)」がもたらす経済的インパクトは大きく、ビジネスチャンスが広がっています。大都市圏はもとよりスポーツを切り口とした地方創生は、ある意味、地方の切り札にも感じています。スポーツプランナーになって、国内の限界集落や過疎地、または自然環境保全に貢献できるような企画を立案・運営したいと思うようになりました。

_その大会での出会いが、相当衝撃的だったんですね。
はい、衝撃でした。

_まさか、その出会いが1ヶ月前の出来事(インタビューしたのは2015年10月)とは思わなかったです。最近ロードバイクの写真がよくFacebookに上がってるな、とは思っていましたが。先ほどお話いただいた「スポーツ×街(地方)×振興(活性化)」RunforTOHOKUJAPNの考えの元ともなっていると思いますし、スポーツが平野さんの活動の軸なっているように思うのですが、それにはどのような経緯がありますか?
実は小学校の時は、体育は5段階評価のうち2くらいだったと思います。大っ嫌いでした。

_そうなんですか?スポーツに魅力を感じるようになったのはどうしてですか?
父親がすごいスポーツ好きで、一緒にスキーに行ったり、登山したり。そういう成績に絡まないスポーツは大好きだったんです。

_競技というよりも、アウトドアのようなもの?
はい。母親は母親で、箱根駅伝のような、必死のチーム戦が大好きで。「お前にたすきを!」みたいな。いつもテレビで応援していました。

_一緒に応援していたの?
はい。拳を握ってテレビの前で応援する母親だったんですね。それがあったので、スポーツに対しては肯定的な印象しかないですね。RunforTOHOKUJAPN の時も全面に出していたんですけど、『One for all.All for one.』ていう、スポーツ全体に通っている精神って、やっぱり素敵だなと思っています。スポーツ独特の、チーム戦独特の気持ちだなと思っていて。あの気持ちが社会にもっと浸透したらいいのにな、と思うんです。みんなのために走るとか、みんなのために自分のできる役割を精一杯果たすっていう思い。それが社会や、日常にもっとあれば、日本ってもっと好転すると思うし、新橋のサラリーマンも、もっと輝けるんじゃないかと思っています。そのことは、揺るぎなく信じているんですよね。もっと、もっと、世界はいい方向に変わると。RunforTOHOKUJAPNをたち上げたときもそう思ったんですよね。

_震災支援に関しては、地元が東北だから、何かしたい!という欲求は、強くあったのかと思いますが、その中でこうしたソーシャルな課題を解決する糸口として、なぜスポーツだと思ったのですか?
はい。東北震災のRunforTOHOKUJAPNに限って言えば、津波などで一切合切なくなってしまいました。家も、物も。生き残った人たちしかいなくって。もし私が彼らと同じ条件だったら何をするだろうと思ったら、きっと諦めないという姿勢を表すために何かするだろうな、と。グローブもない、ロードバイクもない、靴もないってなった時に、裸一貫でも「自分はここに居る!」ということを表したい、と思ったんです。自分はやるんだって気持ちを表すために、マラソンのアベベ選手が裸足で走ったように、あれと同じように私も走るっていう行為で諦めない姿勢を出すだろうなって思ったんです。その発想に至ったら、じゃあ、大っ嫌いだったマラソンを私がまず走ってやろうと思って「マラソン×東北復興」という方程式が自分の中で成り立って、RunforTOHOKUJAPN という組織を立ち上げるに至ったんですよ。

atsuko

_走ることは、嫌いだったのですか?
はい。もともと走るのは大っ嫌いだったので、皇居1周もいまだに苦行ですね。

atsuko

_でも、嫌いなことをやってみよう!と思えるぐらいの覚悟があった。
震災のあった2011年のホノルルマラソンに出たんですが、東北を背負っている以上、笑顔で走って、絶対リタイアなんてしないと誓って走りました。辛くなったら、被災した方のことを思い出し、私も今、走りながら苦しくて、諦めたいと思っているけど、裸足でも足腰痛くても筋肉痛になっても絶対走り続けてゴールするから、復興という日常生活の途中で諦めたいと思っても、諦めないで!って言う気持ちで必死に完走しました。

atsuko

_ロードバイクのこともそうですが、思い立ったら、行動力がすごいですね。昔からそういう感じだったんですか?
いえいえ。もともとは、ポケーッとした普通のOLです。普通のOLの中でも、なんていうんでしょう、アンテナがない、鈍いOLですよ。

次回のvol2の更新は、12月11日(金)21時。
震災がきっかけとなり、活動を始めたこと。平野さんが考えるスポーツの魅力を伺ってまいります。

この記事の著者

森村ゆき
森村ゆき
RunforSmile株式会社代表取締役。2004年に初挑戦したホノルルマラソンで、改めて体を動かす素晴らしさを体感し「より多くの人に体を動かす素晴らしさを味わってほしい!」と“スポーツ”と“コミュニティ”をキーワードに、さまざまな活動をスタート。
2005年、ホノルルマラソン完走をきっかけに友人たちと立ち上げた『PARACUP~世界の子どもたちに贈るRUN~』は、楽しみながら走ることで世界の子どもたちをサポートする仕組みをうみ、現在までの寄付額は約7000万円にのぼる。現在は、「体を動かすこと」でその人の健康を見直すきっかけを作り、「いつまでも健康で豊かな人生を送る人を増やしたい!」と、体に関するセミナーや大会の企画運営、講演、スポーツボランティアのマネジメントなどを行っている。
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